Really Saying Something

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運命を少しずらす感じ

と確か元になっている「N.P」(よしもとばなな著)には書いてあった気がしたけど、買い直したはずの文庫本が見つからないので正確じゃないかもしれない。

ちょっと前に「その時の(当然の)流れと違うことをする」というテーマの話(うまく一言で説明できない)を聞いて、なんだか近いことを考えたりしたりした記憶があるぞ、と思ってぼーっと考えていた。そしたら「N.P」の話だった。よしもとばななの本はそう多く読んでいないのに、この本には妙に影響を受けた。「選択肢をいくつか用意して、自分がしないだろうことをする」は、常にというわけではないけれどやってみたことある。これが出てくるのは物語終盤なので細かい説明は省く。

なんで結婚したんですか、と私の普段のキャラを知る人は聞く。なんとなく不思議らしい(たぶん)(そう思ってなくて単に雑談の一つですよっていう場合はすみません……)。私にとっての結婚は「しそうにないこと」の1つだった。いざその選択肢が目の前に出現したとき、「しない」を選ぶことももちろんできたけど、自分の普段の選択ではしないことをする、ことを選んで「する」にした。もちろん要因はそれだけではなくて、もはやタイミングとしか言えないこととかいろいろなことがいろいろあったけど、それを語るスペースはない。

「しそうにないこと」をしてみた結果が吉と出るか凶と出るかは墓場に入るまでわからないので、現時点での評価は保留するけど、「しそうにないこと」をして取り返しのつかない(もちろんやり直すことはある程度(離婚とかで)できるけど、なかったことにはできない)状態になるのは割とおもしろかった。うわやっちゃったよ!みたいな。

それとほとんどセットでした決断が「大阪に行くこと」(と思ったらその続きで「東京に行くこと」が来るとは思わなかったが)。ずっと神奈川県が好きだった自分が大阪に引っ越してそこで暮らそうというのは、それまでの自分では全くあり得ないことだったけど、そこに拘泥し続けるほど自分の人生たいしたことはないだろう、というのもあったといえばあった。

人生いろいろあるので、「しそうにないこと」ばっかり奇をてらって選び続けているわけにはもちろんいかなくて、逃げも隠れもできない状況下でなんとかしないといけないこととか、気合で乗り越えるしかないこととか、もうなんか一生終わらないのでは?と思うようなことも、もちろんその選択肢上に厳然と存在した(私の場合は)。でもまあ選んでしまったので、くそう、とか思いながら日々過ごすしかない。で、そういうことばかりでももちろんないので、人生楽ありゃ苦もあるさ、人間万事塞翁が馬、禍福はあざなえる縄のごとし、などと何度となく考える。

自分の意思で選んでしまった、というのは、もう誰も自分の人生に責任をとってくれないということとイコールなんだろうなと思っている。別に誰からも強制された訳ではない。先ほどの例でいえば、別に夫から強制されて結婚したわけではないし、強制されて大阪に行ったわけでもないし、強制されて東京に来たわけでもない。

「しそうにないこと」を人に迷惑かけない範囲でやる、というのは、多少は人生をおもしろくするかもしれない(迷惑かけてもいい!とか、人のことを気にしない!というのももちろんありだと思います)。