Really Saying Something

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ものを飾る

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「自宅に絵を飾る」ということの意味がよくわかっていなかった。

もっと言えば、画廊やギャラリーで絵を買うことの意味もよくわかっていなかった。絵というものは美術館で見るものだと思っていたし、描いたものが売り買いされるのは遙か遠い国で起きることだと思っていた。好きな作家のリトグラフを買う、という話は好事家のやることで、自分には縁のないことだと思っていた。実際縁はないのだと思う。絵を見て良し悪しについて考えることもできなかったし、マグリット展を見ても「面白い絵だな」と思うことしかできない。

文化資本や文化的素養がないといえば、まあ、そうなんだろうと思う。絵が描かれた背景としての歴史を知ることは結構好きだし、宗教画、特に聖書の象徴に関する話題を調べるのも好きだ。でも「絵を鑑賞する」ことについてはとんと才能がない。ピカソゲルニカの実物を見に行って迫力に打たれて泣いたという人の話を聞いたことがある。そういうこともあるのだろう。しかし自分にそのようなことが起きるとは、とても思えなかった。

何年か前に、夫が自宅に飾る絵を探したい、と言ったことがある。画廊やギャラリーを巡るのではなく、東急ハンズのような感じの、いろいろなものを扱っている店舗を何ヶ所か探して、好みの絵を見比べていた。何枚かに絞った後に引っ越しの話が持ち上がって、やがて絵を飾る話は立ち消えになった。引っ越し後に絵を買わなくていいのかと聞いたら、ブームが去ったと言っていた。そういえば同じ展覧会を見に行っても、私は写真や工芸作品を見ていて、夫は絵画を眺めていることが多い。

ちょっと前に、雑談のどこかで、「家に帰れば好きな絵を眺めることができてほっとする」というような意味のことを聞いた。絵というのは「好きなもの」扱いだったのか!!! おそらく多くの人にとって当然のことが、そのときにやっとわかったのであった。好きなものを見て和んだり、やる気が出たりするのと変わらないのだということを。例えばテレビを見ることや読書、PCを開いてだらだらとネット上のいろいろなものを眺めることと、意味合いは同じだということを。まじか。絵画というものは「鑑賞」するものではなかったのか。家の中を好きな家具で整えたり、調度品を飾ったりすることも、たぶん同様なのだ。

家の中に好きなものを置いて眺めて楽しむということを人生の中でしてこなかったのだった。私の好きなものといえば、本の中に収まった知識であったり、インターネットの中にある誰かの人生の物語だったり、細かい手仕事そのものだったり、好きな芸能人がしゃべったり歌ったり踊ったりするのを見ることだったり。「物体」だったのははるか昔、小学生の頃に大事にしていたチェーリングやかわいい色のペン、文房具、ちょっとしたおもちゃくらいだろうか。それらも増えてくれば狭い家の中を圧迫する邪魔ものだったし、年に何回か親に怒られながら、どうしても捨てたくないものだけ残して処分する対象だ。自分の好きな知識や物語や作業など目に見えないものと同様に物体を扱えばいいのだ!という新鮮な驚き!

目からうろこが300枚ほど落ちたあとにこの記事を読んで、意味を理解できるようになってとてもうれしかった。ダリの絵といえば時計の絵くらいしか判別できないし、絵は判別できるけど芸術的な意味はシュールレアリスムくらいしか知らないし、むしろチュッパチャプスのデザインの方が親しみがあったのだけど。

hitode909.hatenablog.com

家でリラックスするために好きなインテリアにして好きなものを置く発想がまったくなかったので、自宅に置いてある自分のためのそれらしき物体といえば数えるくらいだった。そこに今日、「ウサギノネドコ」のアクリルキューブが仲間入りした。カイガラソウをアクリルキューブに閉じ込めたもので、角度が変わるといろいろな見え方になる。ウサギノネドコは京都にあるお店だけど、ふらっと行った国立新美術館のミュージアムショップでウサギノネドコの作品の展示・販売をしていたので、試しに1つ買ってみた。ウサギノネドコを知ったきっかけは雨宮まみさんのエッセイ。さらに、雨宮さんのきっかけとなったメレ子さんもその後、ブログでウサギノネドコに触れている。

srdk.rakuten.jp

mereco-butsuyoku.hatenadiary.com

冒頭の写真の左側にあるのが、去年いただいた夏の思い出で、右側にあるのが、カイガラソウのアクリルキューブ。夏の思い出の方は、毎日眺めるたびに「あれは楽しかった」と思い起こすよすがになっている。玄関の、少し日の明るさが入る位置においてあるので、これらを見ながら家の中を調えることを覚えよう、と思う。