読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Really Saying Something

他にバイク(VTR-F)日記とかTwitterのlikeまとめブログとかやってます。

友人関係、または形を変えた夫婦関係について

土日祝日は夫と過ごすことが多い。どこかしらの街へ出向き、お店でごはんを食べたりおやつを食べたりして、イベントがあれば参加するなどする。それを見る人聞く人は「仲が良いですね」と評する。仲は良いと思う(客観的事実)。しかし、時間を多く過ごすことに対して「仲が良いですね」と評されるのには激しい違和感がある。

夫も私も親しく付き合う友達の数は非常に少ない。「親しく付き合う」というとどれくらいの程度を世間一般で指すのかはよくわからないが、定期的に会う機会があるという意味であれば恐ろしく少ない。

自分自身のことを言えば、知人はそこそこの人数になると思うが、私から「友達である」と思うにはちょっとおこがましい。何年も会っておらず、たまたま会う機会を得て、楽しく会話をすることがあって、「好きな知人である」とは言えるのだけど、「友達である」というには「いや、きっとその人なりの友人関係があるだろうから」と考える。そして、私は知らない人と関係を構築するのが苦手=人見知りである、と、長い間思ってきたのだけど、最近やっとわかってきた。「苦手」なのではなく「方法がわからない」のだ。ある程度一方的に知っているとか、知られているとかであればできる。イチからがよくわからないのである。

夫はそこが自然にできるたちである。よく夫婦で行動するとはいえ、趣味が何から何まで同じというわけではないので、自分一人の趣味活動なら一人で出かけ、そこで並んだ列の前後の人と話してなんとなく知り合いになり、各種SNSでフォロー関係になり、別の場所でも声をかけたりかけられたりしている。全く意味がわからない。特定の趣味活動だけではなくいろいろなジャンルでそれをやっている。全然意味がわからない。

昔、高河ゆんのエッセイで高校時代(確か)を回顧したものがあって、彼女は高校を1回留年しているんだけど、とにかく「前後左右に話しかける」のですぐに友達ができていて、留年したときも普通なら気まずいのにすぐに友達を作ったという話が出てきて、それを読んだときの気持ちに似ている。唐突に誰かと会話を開始することができないのである。その趣味活動に関する話をすればいいと夫は言うが、突然知らない人に話しかけられるのはいやではないか?(そして裏返せば、私は突然知らない人に話しかけられるのを怖いと思っているのである)

つまり、私が夫と行動をともにするというのは、多くの場合は「趣味と気が合う友人」の役割を兼ねているからであり、それ以外の選択肢をあまり持たない(さすがにゼロではない)からなのである。婚姻関係は強調されるべき要因ではない。

また、どうしても合わない趣味については双方から打診を行い、合意に至らなければそれぞれの行動になる。例えば、私が伊勢神宮高野山や長崎に行きたいと思ったときは、特に興味がないとのことだったので、一人で出かけた。無理に一緒に行ってほしいとは思わないし思えない(興味を引くようにアレンジするのは面倒)。バイクに乗るときは一人活動になるので、特に齟齬が起きることもない。

私が一人で行う趣味活動といえば、Ingressかバイクなのだが(2016年5月現在)、そのどちらも新しく友人・知人ができたということはない。Ingressなどはよく知り合いができるゲームとして媒体にも記事が出るくらい大規模な活動になり得ると思うのだけど、地域のハングアウトにも参加せず、大きなイベントにも出かけていくことはなく、ずっと一人でやっている。それで楽しくやれているのだから全く問題はない。バイクはツーリングに参加したりお店や団体のイベントなどに混ざったりすればきっと知人ができるのだと思うが、残念ながらその領域に達するほどの技能はないと自分では思っているし、やはりそこでも「知らない人にいきなり話しかける/話しかけられる」のがどうにも想像つかないので、可能性は薄いのではないかと思っている。

ふと今思い出したことがある。学生時代、そこそこ普通に仲の良い友人グループがあって、そのグループの私以外の人たち+別のグループの何人か、でタイ旅行に行ったということがあった。私がそれを知ったのは手配が終わってからで、特に「ハブられた」というような意識はお互いになく、「今度タイに行くんだ」「そうなんだ、いってらっしゃい」のような会話をしたと思う。社会人になってからふと「もしかしたら仲間はずれにされていたのかなぁ」と思ったこともあったけれど、思い起こせばその旅行の前後で特に態度に変化はなかったし、別のグループ(便宜上)の人たちとも普通に話していた。陰で何かを言われていたとしたらお手上げなので私の関知するところではないが、当時ごく自然に旅行人員に入っておらず、それで済んでいたのだから、昔からこういう体質?性質?なのだろうと思わざるを得ない。実際問題、もしその旅行に誘われるとか、何かの折に自分も行きたいと主張する機会があったとしても、金銭面でクリアできなかった可能性は大きい。

こういうことを考えていると、「自分が心から望んでいないからそういう行動を起こさないのだろう」という結論になるので、特にこの記事を書いたからといって何か是正する方法を模索するわけでもないのだけど、何を言いたいのかと言えば、とりあえず「夫婦で行動するからといってそれが即夫婦仲の良し悪しに関わるものではない」ということである。