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雑文系ブログです。

中島梓『転移』(朝日新聞出版)

転移 (朝日文庫)

転移 (朝日文庫)

図書館でたまたま栗本薫の文庫コーナーを見つけ、「グイン・サーガ」130巻目をぱらぱらっと眺め、亡くなってからだいぶ経つな、と思いながら立ち寄った医療関連本の棚にあったのが『転移』(単行本)。最期の日記が出版されているのを知りませんでした。

栗本薫中島梓に対する私の感情はやや複雑で、JUNEで同性愛小説との接点を作ってくれた人であり、興味を持って初期の小説をいくつか読んだものの合わずに挫折した人であり、いわゆるネットウォッチの対象となってWebサイト「神楽坂倶楽部」が微妙でつい追ってしまい、そのうち興味が薄れて、訃報を聞いた人、という、いろいろな切り口を見た作家・評論家でした。

とはいえ、多作で多様な活動をしていた方であるがゆえ、私が接したのはほんのほんの一部に過ぎません。栗本薫中島梓に関して知りたい場合は、カクヨムで知ったこの方のレビューがものすごく参考になると思います。

はじめに ―栗本薫という作家― - 栗本薫 全著作レビュー(浜名湖うなぎ) - カクヨム

部分部分は敬愛し、「象印クイズ ヒントでピント」の出演者としても親しみ、のちに『わが心のフラッシュマン』をたまたま手に取った時には「観てないのにフラッシュマンの良さを勝手に語るな!」と怒り、「終わりのないラブソング」は最初の6冊くらいまでは夢中になった、という愛憎が微妙に入り乱れた感覚でしたが、本当に追っていた方にとっては愛憎の幅がめちゃくちゃに広くなっていたことでしょう。

「あとがき作家」としても割と有名で、「グイン・サーガ」シリーズは中身というよりはヒロイックファンタジージャンルが合わずに読まなかった私でも、最新刊が出ればついあとがきを立ち読みしてしまっていました。それも途中からネットスラングが混じり込んでなんとも言いづらい味わいになり、やがて手に取らなくなるのですが……。私が好む「日常雑記」のようなジャンルにおいては、やっぱり好きな方だったな、と思います。

『転移』を借りてきて次の日の午前中までで一気に読み切って、この方は最後の最後までとにかく書きたい人だったんだなぁ、と感じました。中身や文体には好き嫌いもあるでしょうが、書きたくて書きたくてたまらなかった人。よく文筆業の業に関する表現で「書かざるを得ない」というフレーズが使われますが、どうもそんな感じとも違う。本人が意思を持って「書きたいから書く」という主張をしている印象でした。

すい臓がんとの闘病をしていた2008年9月から2009年5月までの日記が収録されていて、内容は本当に日記。何を考え、何を食べ、どこがどう痛かったのか、何をしてどう感じたか、の繰り返しです。その中にちらほらと死生観や、死を前にした心境が入るのですが、インパクトがあるのは圧倒的に食べること・食べるものに対する描写でした。そういう体裁をとった理由として、池波正太郎「銀座日記」の書き方なら死ぬ直前まで書いていけるだろう、と書いており、それはほぼ最後まで一貫しています。また、私小説のひとつである『弥勒』に触れ、母親・弟との関係を覗かせる部分があり、「私小説はもう書きたくない」(当該部分を見つけられず意訳)とあったので、あくまでも日記であり続けたのかな、とも思います。

私のような「日記好き」には非常に面白く、時折挟まれる自然の描写、自分の好きな着物に関する描写、体調に合わせて事細かに食べられないものの理由と食べられるものの理由を書き残すところ、など、ご本人が「記録癖がある」というように微に入り細に入り淡々と続いていくので、すいすいと読めます。ただ、闘病日記としては「病気と向かい合う自分」に関する情報は少なめで、どちらかというと現象としての「痛み」にのみフォーカスしていました。日記なので全く違和感はありませんが、ものを書く人が己を見つめる視座を知りたい人にとっては物足りないのかもしれません。私はむしろ、この日記を書きながら並行して調子が悪い時にでも「グイン・サーガ」をはじめとする小説をひたすら書き続けているのが驚異的で、そこから「とにかく書きたい人なんだ」と感じたのでした。

最後のページは、書きかけの日付とぽつんと一文字、改行を示す記号、という表現になっています。他の部分にはこのような演出はされておらず、最期の最期に書いた文字である「改行」(おそらくリターンのキー)までも収録対象としたのが、ご本人の意思を最大限汲み取った編集の結果だったのだろう、と思います。

なお、冒頭で紹介したカクヨムでのレビュアーさんによる『転移』の書評は以下です。全部読み終えた後に読んで、栗本薫を愛した人からはこのように見えるのか……ととても新鮮だったので、自分の参照用に記録します。

424 転移 - 栗本薫 全著作レビュー(浜名湖うなぎ) - カクヨム

古い本は無理にAmazonで買わず、図書館に頼るか、と思い始めたので、読書感想文をメモとして書いてみました。