Really Saying Something

雑文系ブログです。

最近ゆびハラってなくなったの?

ゆびハラなんて言葉は存在しなさそうですが、「指輪ハラスメント」というのを思いついたので縮めてみました。

10代後半から30代前半にかけて(1995年前後〜2005年前後)、恋人や夫婦やパートナー同士ではそろいの指輪をつけるもの、という謎の圧力があったように感じました。めでたく恋人同士になった高校の同級生は藤沢のさいか屋に指輪を買いに行っていたし、クリスマスプレゼントに指輪を、というのも珍しくなかった。婚約指輪は月給の3ヶ月分、とか言われていた頃ですかね。

私はアクセサリー・ジュエリーとしての指輪にそんなに興味がなく、カップルを象徴する意味としての指輪にもあんまり(相当)興味を持っていませんでした。

そして31歳の時に結婚するのですが、夫は婚約指輪にあたる指輪は儀式としてプレゼントしてくれたものの、根本では同じく指輪に興味がない勢だったので、結婚指輪は購入せず。特にそこに意味はなかったのですが、当時いろいろな人から「指輪つけておかないと悪い虫がつくよ」「独身だって思わせることになる」「変に期待させちゃだめだ」……ってどんだけみんな指輪見てるの?そんなにまず指見るの?って誰かに聞いたら「まず見るでしょう」と普通に返されて、完全に指輪に興味がなかった私はぽかんとしたことがあります。ぶっちゃけ未婚か既婚かを指輪で判別するルール?マナー?があることを知らなかったし!

そんなこんなで結局面倒になった我々は、結婚して2年後あたりに、うめだ阪急で結婚指輪用指輪を購入したのでした。女性の方に小さな石を入れるらしいんですがそんな風習ご存じでしたか皆さん!知らんわ!

一応風呂もシャワーも指輪つけっぱなしでOKらしかったんですが、「何かが身についた状態だけど他は素っ裸」というのに耐えられず、買った直後は「外出する時につける」ということにしていました。

その後、夫婦どちらからともなく指輪をつけることがなくなり、指輪の台のある箱(あれ名前なんていうんでしょう)に戻して、そのまま放置されるようになりました。私はキーボードを叩く時に指に何かあるのが邪魔に感じるたちで、キーボードに向かう時間が増えるとともに、指輪への関心がどんどん薄れ、存在にすら目をかけなくなりました。せいぜいTwitterで「引っ越しの荷物にまぎれて行方不明になった」(実話)とネタに使っていたくらいです。

……というのをTwitterを見ていてやっと思い出して「そういえば最近誰とも指輪の話しない!」と気づいたわけです。「独身だと思われたいんでしょう」なんてセクハラだし誰も言わなくなってるだろうし、世界はより多様性のある方向へ変化しているし、いまどき指輪の象徴に縛られるような関係性は古いよねぇ……と思ったのですが。もしかして、私が年を取ってそういう「関係性の変化」の話題から離れただけで、今でも「指輪しないと……」って言われるゆびハラって存在しているんでしょうか。好きで、あるいは関係性の象徴で、それぞれ指輪をつける行為はごく普通にあるだろうけど、それをアドバイスなどの形を取って言ったり言われたり、というのはもう絶滅したんでしょうか?

相変わらず指輪がどこに行ったかわからない上に、他人の指をそんなにまじまじと見る機会がなく、コロナ禍でさらに会食などの機会が失われて指が視界に入らなくなって、現状が全くわからないのでした。