Really Saying Something

主に雑文系ブログです。他にバイク(VTR-F)日記とかTwitterのlikeまとめブログとかやってます。

Flickr Proを解約した

moognyk.jp

OKPさんのtweetや上記の記事を読んで、そろそろ潮時かなぁ、と思ったのにずるずるとそのままProで居続けたので、思い立ったつい先ほど、Proを解約しました。

3,200枚近くアップロードしていて、最初の写真からなんとなく流し見していたら、もちろん今より全然うまくなくて、何を撮ってるんだかわからないし、水平取れてないし、そもそも明るさとかホワイトバランスをガン無視しているし……と技術面ではいろいろあれなものの、「自分の記録を写真で残しておこう」という意欲がきちんとあって、それって写真がうまくても下手でもあんまり関係がなかったな、と思い返してしまいました。

今アップロードしてあるものが消えてしまってもしょうがないと割り切ってのPro解約でしたが、サルベージしておきたいものをちまちまダウンロードしてみました。初めてのデジタル一眼レフニコンD60とか、リコーのR10とか、自分のカメラの歴史でもありますね。トイカメラも積極的に使っていました。

高野山に一人で出かけた時の写真


台湾

老眼に苦しんでいるところ

主にTwitterで愚痴を書いていたのですが、老眼がしんどいです。

ファミコンスーパーファミコンをめちゃくちゃにやり込んだり、本をあれこれ読んだり、大学に入ってからはインターネットの世界に足を突っ込んで夜な夜な巡回しまくり、font size=8とか9とかの女子っぽいデザインのサイトを読みまくりで、就職してから今まで就労日ベースでは画面と向き合わない日がほとんどない毎日を過ごしてきました。それでも裸眼で視力1.0~1.5をキープし続け(今年の健康診断では気合入れて臨んで両目1.5)、「ものがうまく見えない」ということから完全に開放された状態で40年以上生きてきました。

が。

数年前に「どうもスマホを近くで見ると文字がにじむな?」と感じるようになり、老眼生活がスタートしました。眼鏡も作って、必要な時にかけていました。そうはいっても当初影響があったのはスマホだけで、適切な距離を保てば本も雑誌も普通に読めたので、単なる眼精疲労の影響ではないかと疑ってかかっていました。しかし、じわじわと影響範囲が広がっていきました。スマホはますます見づらくなり(特に夜)、顔からスマホをまあまあ遠ざけないと焦点が合わないところから違和感が大きくなっていき、今では遠ざけていても文字がにじんで読みづらい。文庫本を読み切る前に目が疲れる。雑誌の小さなフォントが読み取りづらくぱっと見で意味をつかむことができなくなった。化粧品の型番の区別がつきづらい、使用上の注意も読みづらい、ましてや原材料の欄をや。コンビニでとっさにカロリー欄を読み取れない。何ワットで何分温めればいいのかわかりづらい。

できないことはどんどん増えていき、「これが老眼ってやつの恐ろしさか……」と思い知らされるようになります。

幸いにして、他の部位(?)はさほどダメージを受けていないこともあり、目の筋肉をほぐすためのストレッチ(眼球を上下左右に動かすなど簡単なもの)をするなど目の健康維持に努めてはみたものの、もともと眼圧が高くて緑内障になりやすいタイプらしいので、あまり目に負担をかけられない。作っためがねはいったんどこかになくすくらい存在感がなかったのに、かけたらきれいにピントが合い、くっきりはっきりPCの文字が見える。

めがねを常に持ち歩くようになりました。かけずに済む日があったとしても、それは長く続かないのです。

スマホをよく……というか毎日……いつも……見ているのですが、スマホで文字を追うのがだんだん苦行になってきました。気が付くと、もともと目が悪かった夫は自然と文字のサイズを大きくしています。デフォルトから変えるのは仕事のことも考えてあんまりやりたくない。かといってめがねを常用するとそれはそれで疲れるということもわかってきました。めがねとマスクを一緒につけるとめがねが曇るとか、顔認証は突破できるとか、めがね生活のあれこれがわかるようにもなりました。

自然と、色数が多いもの、凝ったデザイン、フォントが小さいなどのWebサイト・Webメディアを遠ざけるようになりました。たまに見るYahoo!ニュースのアプリってよくできてるな、と思ったりもしました。大好きなはてなブックマークのアプリ、色数が少なくて助かりました。格好良さよりも実用性!

潔く「私は老眼だ」と思い切れるようになったのは本当につい最近のことです。

仕事で写真を扱っていて、ピントが合っている写真かそうでないかを、自分の目だけでははっきりと区別することができなくなりました。

私用で活字が読めなければめがねをかければよい、化粧品の文字が見えなければスマホのカメラで撮って拡大して見ればよい。でも業務となるとそうはいきません。裸眼だけではもうどうにもならないことを実感しました。持ち歩くようになっためがねは、最初自分の老化の象徴のようであんまり好きではなかったけれど、最近は「仕事のためのツール、そして味方」に変身しました。18時を過ぎると途端に性能が悪くなる裸眼をカバーしてくれる強い味方。

いつもいつもTwitterでぶつぶついっていたのをとめました。もう受け入れるしかないし、治る見込みもない。これから悪くなる一方かもしれないけど、度が合わなくなったら、めがねはまた作り直せばよい。

あえてこのエントリーを書いたのは、ことさらに老眼を敵視していた自分への戒めの意味でもありますが、たまたまミーティングでぽろっと老眼の話が出て、非常に共感したからでした。みんな大変なんじゃん。苦労するのは私だけじゃないし、遅かれ早かれ目は悪くなっていくもの。であれば、この時の自分が何に苦しんだのか、文字にして残しておいて、後から読み返せるようにするのも、年長者の努めなのではないか。ブログに書いておけば誰かが見て、こんな人もいるんだなと思ってもらえるのではないか。そう考えました。

モニタと裸眼の間にものがはさまる暮らしにはまだまだ慣れないけど、めがねをかけた自分の顔はまあまあ気に入っているので、めがねとの付き合い方も工夫していけたらと思っています。

屋号を考えたくて行き詰まっていたらめっちゃ良い感じの屋号を授かった

もうちょっと固まってから書く方がいいかなと思ったけど、まあ今書いても後に書いても結果は変わらんだろうと思うのでお知らせです。第2回「日記祭」に参加します。本はまだ作ってません。

tsukihi.stores.jp

そうはいってもid:toya名義の日記(ブログ)ってたくさんあるじゃん、どれだよ、という、toyaがあちらこちらにいろいろなブログを作っているのを知っている酔狂な方もいらっしゃるかもしれません。これまで書いた文章をまとめようにも本当にいろいろな場所で書き散らかしているので、今はひとつ専用のブログを作って、製本用に淡々と更新しています。

何しろ活字にするのが前提なので、これまでとはちょっと違う書き方をした方がよさそうだと思って(例えばこんなふうに突然かっこ書きで補足を始めるとか、インターネット感があってちょっと再現するのは無理では?となった)、少しだけ芸風が変わっています。製本はこれから考えるのですが、いろいろよくわからないことだらけなので、告知ドリブンで気合いを入れてやっていこうと思います。

そこで屋号が欲しいなと思いました(唐突)。

イベント向けには勢いでブログタイトルをそのまま登録してしまったのですが、もし今後も日記の本を作ったり、もしうっかりZINEを作ることになったりした時に、屋号があると、気分が引き締まっていいなと考えていました。

ちょっと前にこんな本を見つけて買って読んだのですが↓(つくり方とつづけ方どっちを買ったのか家に帰らないとわからない!)

小さな出版社の屋号ってなんだか素敵だなと思って(有斐閣とか勁草書房とかもかっこいいけど)、まねっこして付けてみたくなったのでした。

しかしWebサービスのid1つ作るのにも苦心惨憺する私*1に、いい感じの屋号が思い浮かぶわけがありません。

いろいろ見ては「うーんなんか違う」となって行き詰まっていた時に、ふとこうtweetしたら、

すごい。天才。老舗のうなぎ屋さんっぽさがある。さらに、

こう続けてくれて(さっちゃんありがとう!)、完全に「なると屋」いいじゃん、となりました。ロゴとか考えやすいし(なるとの絵を付ければよい)、読み方もわかりやすいし(と屋だと「と」が助詞に見えそう)、たぶんこのまま「なると屋」で行くんじゃないかなと思います。もし今後個人事業主になる機会があったとしても使い回せそう。いやそんなんでいいのか。

*1:だいたい「toya」か、それに準じたものになってしまう