Really Saying Something

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そんなに巨大ではない

ここ数日で何回か確認して、確信できたので書く。自分の身体はそんなに巨大ではない。何を言っているのかとお思いの方も多いと思うがこう書かざるを得ないので申し訳ない。

とは言っても別にやせただの太っただのという話題ではない。身長も服のサイズも足の大きさも特に大差が発生したわけではない。自分の認識する身体の大きさと、実際(?)の大きさが一致しておらず、自分が大きめに見積もり過ぎていた、という。

文章にすると自分以外さっぱりわからない事態ではあるが経緯を書くと、ある日いつもと違う条件で、日が沈んで暗くなったあと、ガラス戸に映った自分の全身をふと見かけた。見かけたというのも変な表現ではあるけど、改めて見た、認識しながら見た、といいますか。だいたい無意識にスルーするか、あまりよく映らない(条件が違う)まま通過するか。で、そこで映った全身が、自分の認識する全身のサイズとだいぶ違ったのだった。自分の中ではもう少し……というよりはだいぶ、大きめだと思っていた。でも映った方の姿はそこまでではなかった。私はかなり混乱した。後々夫に「巨人とかゴジラみたいな感じじゃなかった」と感想を伝えたところ、「当たり前だ」といなされた。

幼稚園の頃から背の順で並ぶとほぼ一番後ろ、小学校卒業時ではだいたいの男子よりも背が高く、また骨格もしっかりしているためかなり早い段階でLサイズ(あるいはLに相当する号数)の服を着ていた。今の時代でこそ高身長とまではいかないものの、周囲の女子と並んで立つと頭ひとつ抜けることは何度もあった。社会人になりたてくらいに読んだ光野桃さんのファッションエッセイで「背が大きい女性はもたもたするように見えがちだからてきぱき動くようにしていた」とあったので、なるべくさっと動くように心がけ、動きやすい服装にしていた(当時の職は体を動かすことがまあまああった)。

服装だけでなく社会的にも身体の大きさを感じることはある。バスとか飛行機とか。いすとか。机の高さとか。

背が高いことをコンプレックスに思う時期は小学3年生くらいに終わっていて、その後はまあこういうものだと思ってーー「思って」すらいなかったかもーー過ごしてきたのだけど、自分が認識する自分の身体の大きさ、は、年月を経てだいぶ大きい方に見積もられ続けていたようだった。ガラス戸でびっくりした日以降、何度か自覚的に全身が映るガラスなり何なりを見てみた。最初のガラス戸の姿とだいたい同じだった。「そんなには」大きくなかった。

なるべく正直にここ数日で起きた認識の変化について書いたつもりだが、たぶん何を言っているのかさっぱりわからないという感じだと思う。