- 作者: 戸塚洋二,立花隆
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/06/10
- メディア: 文庫
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私が買ったのは2011年6月に第1刷が出た文庫版(手元の刷は2015年10月の第3刷)なのですが、この本を最初に読んだのは2009年5月に出た単行本ででした。今でも全く忘れない、紀伊國屋書店梅田本店の自然科学のあたりに平積みになっていたのです。本当に何気なく手に取って立ち読みを始め、これは私の悪癖ではあるのですが、最後の方で結末のちょっと前くらいから目を通してそのまま最後まで読み切ってしまいました。しばらく衝撃が抜けず、ぼんやりと過ごしたのを覚えています。
- 作者: 戸塚洋二,立花隆
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/05/01
- メディア: 単行本
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買おうか買うまいか結構悩んでそのまま買わずにいて、ちょっとあとになって書名を思い出せず、「がん 医者 記録」(惜しい)、「がん 闘病記」(広すぎて出ない)などでぐぐっていて、ふいに何かの検索結果でやっと書名に行き当たって、そのときにやっと2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんと縁が深く、いずれノーベル物理学賞を同じく受賞するだろうと言われていた戸塚洋二さん(2008年7月死去)の著書だということを知ったのでした。没後のNHKのドキュメンタリーもたまたま見ていました。全然一致していなかった……。
戸塚洋二 - Wikipedia
NHKドキュメンタリー - ハイビジョン特集「物理学者 がんを見つめる 戸塚洋二 最期の挑戦」
よくあることですが、そこからさらに読むタイミングを外し、昨日ものすごくたまたま入った書店の文庫本の平積みで、文庫版が出ていたことを知って、そのまま買って帰ったのでした。タイミングとは本当に難しい。昨日と今日で読み切ってしまうくらい面白かった。闘病記、しかも著者の死去で本編が終わっているのを面白いとは何事か、という感じではありますが、科学者が自らの病を分析するとこうなるのか……という視座への驚きを率直に書くと「面白かった」としか言いようがない。
2009年5月(か6月くらい)に大阪でこの本を読んだときに自分の前提にあったのは、岸本葉子著『がんから始まる』でした。
- 作者: 岸本葉子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2006/04
- メディア: 文庫
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もともとエッセイを読んでいた人が虫垂がんにかかり、独り身の視点での生活をエッセイに書きながらがんに立ち向かい、がんサバイバーとして今も活躍されています*1。「入院」「生存率」への考え方はこの本から学んだように思うし、実際に自分の親、義理の親、自分自身が入院するときの支えになったと思っています。しかし、これはあくまでも著者自身がエッセイとして捉え直した話です。『がんと闘った科学者の記録』は存命中に書いたブログを編集してまとめ直したもので、エッセイのスタンスに近いとはいえ、日記の側面が非常に強く*2、心情を書きながら突然科学者としてのデータ分析も入ってくる、という割と複雑な体裁の本になっています。
同じように日記の性質を強く持つ本としては金子哲雄著『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』(金子さんは2012年10月に肺カルチノイドで死去)がありますが、こちらはどちらかというと同世代の人が急に病に見舞われ、仕事と配偶者とを考えた記録で、自分にとっては胸に迫るものがあったというか、読み物として単純に捉えきれない部分がありました。
- 作者: 金子哲雄
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2014/02/06
- メディア: 文庫
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戸塚さんも金子さんも、死を意識する中で宗教に興味を持ち、考えていくのですが、実際に自分の墓所として仏教に接近し、僧侶の方に教えを受けていた金子さんとは違い、戸塚さんは無神論者の立場から宗教を分析し、自分の心情に照らしつつも、一定の距離を保ちながら、仏教学者の佐々木閑さんの書籍やエッセイ、実際の交流を通して、古代仏教や大乗仏教、キリスト教について書いています。こんな風にアプローチが違うものなんだな、と思いながら読み進めていたのですが、ある日の日記の締めくくりの一文をものすごく重く感じました。
(前略)
宗教の話が科学のほうにそれてしまいました。大昔、遠藤周作の本を読んだとき、イスラエルの遺跡に行った登場人物が歴史や事実に関していろいろ質問したとき、案内していたイスラエル人が、宗教は研究するものではなく、信じるものですよ!といったという言葉が今でも心に残っています。
神を信じるものは幸せかな。科学に身を捧げた人生も悪くはなかった。
科学に文字通り身を捧げ、健康を害するまでに働いて、療養生活に入っても科学の進歩のために少しでも貢献したいと書く人が、「悪くはなかった」と振り返る重さ。ずっしりきました。科学と宗教を比べて良い悪いをあげつらうような文脈ではない(むしろ仏教との類似性、キリスト教文化での科学の進歩などに触れている)ようなところで。正直、本の感想という意味ではもともとはブログなどに書くつもりはなかったのですが、この最後の一文でどうしても今日このように感じたことを書かずにはいられなくなったのでした。
完全に感想文としては蛇足ですが、2007年8月、戸塚さんは温暖化ガスを出さない発電としての原発に対し明確に賛成の意を示し、E=mc2 - Wikipedia の式について「2番目の式*3を使っているのが原発なのです。この式は太陽のエネルギー発生を表していますし、宇宙のすべてのエネルギーに深く関わっている式でもあります」と言っています。私はたまたま2016年3月11日にこの部分に触れました。戸塚さんがもしご存命であれば、東日本大震災以後の日本についてどのようにお考えになったのだろう、と詮無いことをふと思い巡らせました。