Really Saying Something

雑文系ブログです。

別のことから逃避するために仕事に打ち込むことってないですか

私はあります。

10年前(東日本大震災とは関係ないです)めっちゃつらかった時期に、1時間半×行き帰りの通勤時間と、仕事の8時間+αが救いになっていたことがありました。その時はまだ健康と体力と気力が全部あったので、逃避行動としての「仕事」は本当に楽しかったし、打ち込める環境でもあったし、通勤時間は頭の切り替えにちょうどよかったしで、なんとかその時期を乗り越えられました。

が、また微妙に逃避したい現実が出てきており、逃避行動としての「仕事」をしたくてたまらん、という心境になりかかっています。

10年経って、健康は微妙によろしくないし(具体的には太ったとか)、体力はどうしても落ちるし(まとまった睡眠をとらないと1日もたない)、気力もさすがに万全だとは言い難いし(負けるもんか!みたいな気合が足りない)、コンディションとしては分が悪い。

それでも逃げられないのが現実というやつで、今そんなに悲惨なことにはなってないけど、このままだったら遠くない未来に何かが降りかかってくるだろう、みたいなことが予測できるわけです。これはなかなか厳しい。で、10年前の成功体験(成功とは??)があるもんで、仕事に逃げたくなっている。客観的に考えるとこうです。

よくないですね。非常によくない。

自覚があるだけ救いがあります。今は日々現実と向き合う覚悟を半分くらい持てた感じです。10年より前の自分ならぶん投げてたであろう出来事に対して腰を据えて挑もうという姿勢が見られている。これはよい。

向き合おうとしている現実の出来事は、あんまりいろいろな方にほいほい相談できるタイプの内容ではなく、また「その時はこうするとよい」という指針はいくらでも存在しているので、私の腰の据え方ひとつで視点が変わるということもわかっております。

わかってて逃げたくなる時は、その事象についてめちゃくちゃ調べまくることで元気が出るというパターン(例:戸籍の仕組み)が私の中に存在します。なので今回もめちゃくちゃ勉強すればよいわけです。正解はある。要は正解に向かう勇気がないだけなのですね。

先は長い(はずな)ので、自分を良い方向にだましだまし、元気を充電し、どかんと腰を据えたいものです。